人懐っこいメロディと「ラララ~♪」と思わず口ずさんでしまうサビが印象的な曲「ラララ-みんなのうた」が、日本でもビールのCMに起用される等大ヒットし、一気に
注目度が上がっているオーストラリア出身のニューカマー、オールド・マン・リバー 。
新人とは思えない密度の濃い曲満載のデビューアルバム「グッド・モーニング」も売り上げ好調で、大きな 河のように、流れる雲のように自由なサウンドは編集部でも何度も取り上げ大注目中。そんな彼に世界中を旅した感覚と、母国オーストラリアの自然がもたらしたおおらかなサウンドの制作秘話、そしてオノ・ヨーコとの出会いまで、あらゆる話題について猛烈編集部が独占取材した。
彼は今、何と戦っているのだろうか?
― 『ラララーみんなのうた』が日本でラジオのヒットチャート1位に輝きました、おめでとうございます。いかがですか、1位になったという結果については。
オ:いやぁ、びっくりしてるよ。ちょっとずつ実感してきてはいるけど、来日する1週間ぐらい前にそんなことを言われても全然信じられなかったし、東京に来て2~3日経ちますが、未だに信じられないというのが正直なところだね。ただ徐々に状況がつかめてきて、東京って人も多くてスケールの大きい街でしょ? そう思うと日本っていうのはこれ以上にスケールが大きいわけで、それだけたくさんの人が聴いてくれているのかと思うと圧倒されるよね。自分で自分をつねんなきゃと思うよ(笑)
― 来日は2回目だとお聞きしましたが、前回と比べて新たな発見などありましたか?
オ:3年前に、オーストラリアからヨーロッパへ行く途中に東京に立ち寄ったけど、そのとき東京には5日間だけ居たんだ。いわゆるバックパッカーで、そんなにお金も持っていなかったので池袋に滞在していた。何が変わったと聞かれても、東京しか見ていないし、今回もあまりあちこち見ていないので比較もできないけど、前回は道にすごく迷って大変だったけど、今回はそれがないことが違うかな。
ニューヨークでのオノ・ヨーコとの出会い
― 野外で、ギターで唄を歌ったりされるそうですが、ニューヨークで歌っておられたときにオノ・ヨーコさんが聞きに来られて、ナイスな音楽だとの感想をもらったそうですが、そのときのことを教えてください。
オ:そう、あれはまだ駆け出しの頃、あちこちでパッキングをしていたんですけど、ニューヨークにいたときは寒い地下鉄のところで自作の唄を歌ったりカヴァー曲を歌ったりしていたんだ。晴れた天気のいい日は外へ出て歌っていたね。場所はセントラルパーク内にあるストロベリーフィールズ(ジョンレノンが凶弾に倒れた場所)の近くにあるところで、そこでビートルズの曲を延々数時間やっていたんだ。トリビュート(尊敬の念)のつもりだったんだけど、そしたらたまたまLucy in the Sky with Diamondsを弾きながらふっと顔を上げたらヨーコさんがたたずんで、ニコニコ笑って見守っていたんだよ。そしてはげましてくれた、がんばって続けないさいよ、と。あの一言は自分にとっては、「ああ、このまま続けていってもいいんだ」という大きなサインをもらえた気がして励みになったんだ。
― ビートルズを初めて聴いたのはいつで、きっかけは何だったんですか?
オ:自分が小さい頃に兄が家でビートルズを聴くようになったんだけど、その中で自分は『I Saw Her Standing There』がお気に入りで、家の中で飛び跳ねていたのを覚えてるよ。何かすごくハッピーな気持ちにさせてくれて、あの当時のビートルズの曲を聴くと未だにそういう感覚が残ってる。
― 色々と興味を持っている中で、なぜ音楽を選んでやっていこうと思ったのですか?
オ:良い質問でだよね(笑)子供のころは本当に何でもやりたかったし、絵も得意だったので回りのみんなが、この子はアーティストになるんじゃないかって言ってたぐらいだった。でもどうしてあちこち手を出すのをやめて、音楽一本にしたのかは考えてもわからないけれど。年齢的なこともあったかもしれないし、そろそろ何か一生懸命にできることにしぼらなきゃ、と思っていたのかもしれない。でも基本的には音楽に愛情があった、というが決め手だったのだと思う。どの道に行くにしても期待を背負っていた方が何もないより何か面白いことが起きると思う。音楽をやっていなかったら味わえなかったこともできたわけで、こうやって今回東京でみなさんとお会いすることも音楽をやっていなかったらできなかったわけだから、こういう思いもよらない展開って音楽をやっていなかったら導かれることはなかったからね、僕の場合。僕が選んだということはもちろんあるけれど、導かれる方について行ったという面もあると思っているよ。
― 色々な楽器を演奏されるなかで、インドの楽器、シタールはどこで覚えられたんですが?
オ:インドに旅行していたときに出会ったんだ。インドには1年間滞在していたんだけれど、インドの音楽はもともとすごく好きだったというのもあって、ギターに似ているから簡単かなと思って始めたんだけど勝手が全然違ったね。シタールをやってから音楽に対する考え方や奏法がかなり変わったんだ。数か月かかって、毎日練習して覚えたけど、やっぱりインドでインド人の先生と、インドの気候の中で学べたというのが大きかったんじゃないかな。
― 今回のアルバムを完成させるまでに苦労した点を教えてください。
オ:ファーストアルバムということもあったけれど、完成までかなり時間がかかるもんなんだよね。ある意味それだけ一生がかかっているっていうわけで、僕自身もあちこち旅をしてきた経験を通じて今回のレコーディングに至ったわけだし。振り返って一番大変だったなと思うのは、そうやって生きてきて「よし、アルバムを作るぞ!」と決意を固めるところだったような気がする。それまでは漠然とした夢で実際にどうやって動けばいいんだろうと不安だったのに、本腰を入れて「これをやるんだ」と決めたときが一番大変だったような気がする。でも決心してしまった後は色々と物事が回り始めたんだ。ただ、わからないもので、オーストラリアで完成させるものだと思っていたのに最終的にロンドンに行くことになった。やり方に関しては流れに任せる形で、オープンに構えていたつもりだけど。
― アルバムについておうかがいしたんですけど、例えば収録されている『サンシャイン』からはクリームやエリッククラプトンのに老いを感じますが、リスペクトされているのですか?
オ:クリームは影響を受けたバンドの一つだよ。あの時代の音楽が僕はけっこう好きなんだろうな。ジミー・ヘンドリックスとかクラプトンもそうだけど。クラプトンのすごいところは、みんなから「スローハンド」って呼ばれているとおり、やっていることがすごくシンプルでしょ。やたら弾きまくるとかじゃなくて。で、一つ一つ意味のある音を鳴らしているっていうのが本当にすごくリスペクトできるかなと。
― 今ヒットしている『ラララーみんなのうた』は、ビートルズの『All You Need Is Love』に近いものを感じるんですけど、この唄を作られたきっかけを教えてください。
オ:(※日本語で)ありがとうございま~す(笑)。
ビートルズと比較してもらえるなんて光栄だよ。シドニーで僕がやっているミュージックセラピーで生まれた曲なんだけれども、ダウン症とか自閉症とかそういう障害をもった子供たちというのがいて、ワークショップのときに子供たちからギターを弾いてということだったのでギターを弾いて一緒に歌おうよと。非常にシンプルな曲になった理由はそういう状況下にあったからで、あまり複雑なものをやっても子供たちはついてこれないから。でもラララーっていう曲だったら赤ちゃんでも歌えるだろうと。健常者だろうが障害者だろうが関係なく一緒に歌えるっていうことでああいう歌に仕上がったんだよね。でも今びっくりしているのが、あの歌を世界中の人たちが歌ってくれているということだよね。日本やイタリアとか英語を話せない国の人もみんな歌ってくれていて、やっぱりそういうパワーを持っていた曲なんだなってあらためて思うよ。
― この曲はアルバムの最後に、デスペラード・バージョンというのが入っているんですけれども、このバージョンは出だしからデビット・ボウイのような感じがして非常にいいですね。そのへんはご自身は意識されたんですか?
オ:実はあるショーの楽屋で、ショーが始まる前に作った曲なんですけれども、何か自分の作ったものに新たな命を吹き込むっていう作業が好きで、よくやるんだよね。確かにデビット・ボウイっぽいところがあるよね、なんか目を閉じて聴いているとこう、メキシコの砂漠を一人さまようような、暑くてしょうがない、水はどこ?っていう感じが浮かでくるような。同じ曲なのに全然違う雰囲気になりますよね。
― 最後に、今何と戦っているかというテーマで皆さんに聞いているのですが、自身が闘っているとしたら何と闘っていて、もし闘いに関して戦争とかではなく、自分自身が何かと闘っているというものがあれば教えてください。
オ:今までで最高の質問だ(笑)
まるで心理学者を相手にしているようだ(笑)たとえばジキル&ハイドの話じゃないけれど、アーティストって何か2面性を持っているというか。それは良い意味もあって、片方の人格二なりきれちゃう、例えば音楽をやるとなったら、その人格になりきれてしまうところが良いのかなと思うんだけれど。例えばそっちになりきれていたら、朝の3時くらいに起きてレーコディングしたりっていうのも平気だし。まあ、何か思いつくのはたいてい深夜なんだけれど(笑)。ライフスタイル自体がノーマルじゃないからね(笑)でも、ツアーにでれば生活が不安定になるから、そういう中で何か安定を求めてしまって、そこで何か葛藤が起きるんだ。それから何かバランスを取っていくというところが非常に難しいんだ、そういうところで戦っているかな。ツアー先にいると落ち着かなくて、何か具合が悪くなってしまうくせに、家に戻って安定した生活に戻ると、あ~どこかへ行きたいな、と思ってしまうんだ。その両方を最終的に両立するのが僕の最終的なバトルなのかもしれないね。でも実は解っているんだ、2つの世界があるようで、本当は同じ世界なんだということも。だけど解っているだけじゃなくて、実際に自分で経験しないと納得しないというところがあると思うから、その経験を積んでいくバトルを今僕はやっているんだと思うね。
― ありがとうございます。このすばらしいデビューアルバムが日本の方々にもっと聞いていただけると素敵ですね。では最後に「猛烈」の読者に一言メッセージをお願いします。
オ:猛烈を観ている皆さん、ぜひ僕のアルバム『グッド・モーニング』を聞いてください。そして今度はライブでお会いしましょう!
オールド・マン・リバー プロフィール
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